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日本人のDNA?
1019年3月末、日宋両国の間に平和な交際が続けられていた時、対馬壱岐、および北九州海岸沿いが一週間にわたり女真族(満州族)に襲われました。 大宰府の報告によると、殺されたもの365人、捕えられたもの1289人、牛馬の損害380頭。特に最初に襲われた壱岐の島では、守の理忠以下149人が殺され、239人が捕えられ、残るものわずかに35人にすぎなかったという。

この外敵の来襲にさいして、いわゆるサムライ魂を持った太宰権帥藤原隆家が、たまたま、不幸中の幸いで、大宰府長官となっていた。彼は大宰府に赴任してから4、5年の間に、大宰府の役人や豪族の心をよくつかんでおり、この非常時に沈着適切かつ速やかに指揮し、北九州の被害が壱岐などに比べてかなり軽くすんだのも彼のおかげと言う。

しかし中央では、率直に隆家の功績を認める空気はあまり強くなかったらしい。 藤原伊道の「大槐秘抄」には「帥や大弐に武勇の人が任命されると、必ず外敵が襲ってくると申します。 小野好古が大弐の時や、藤原隆家が帥のときはそのよい例です。 かれらはほしいままに武を好んだので、異国の人が襲ってきたのだといわれています」とあるそうだ。

894年の新羅の賊の来襲も、刀伊の来攻も、その時の大宰府の長官が武勇を好んだためだ、というのだ。そして行賞も極めて薄かったらしい。


… なんか、これ、現代の話ですか? 「集団的自衛権を持つと戦争になる」とか「憲法9条があれば戦争にならない」とか … 武士道も日本人の一面であるのでしょうが、こういう空想的平和主義というのも実は日本人の別の一面であるのでは? と最近思うようになりました。 戦後たかだか70年で、いくら平和憲法があり洗脳されていた(いる)とは言え、ここまで
崩れることがあるのだろうか? 民族性の根本がそんなに簡単に変われるのもなのだろうか? いくら戦争に負けたとはいえ、いくら日教組教育が酷いとはいえ、ここまで180度ひっくり返ることがあるのだろうか? …と大東亜戦争を知れば知るほど、逆に頭の中が「?」でいっぱいに…。 この不整合をどう理解すればいいのかと。

この軍隊を廃止し死刑も廃止した空想的平和主義・平安時代の後、現実の混乱に耐えられなくなって武士が生まれてきます。… この空想的平和主義が実は日本人本来のDNAで武士道の方が後付けだったのかも、とも。 日本には、教育とか関係なく、もともと2種類の相反するDNA、人種(?)が存在しているのかも。

そうでなければ、どうやって大の大人が「ケンポーキュージョー」というのを理解すればいいのでしょうか?







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