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まるこのおぼえがき

(旧)地球の反対側で愛をつぶやく

韓国



西尾幹二氏の「国民の歴史」を改めて読んで。

…(略)… 私たちの先祖は類例のない悲劇の国に、うかつにも手をつっこんでしまったのである。朝鮮半島に巣くっていたさまざまな悩み、とぐろを巻く恨み、怒りと絶望。あえていえば、手を触れないですめばいちばんよかった。へたに手を触れたために、内部のドロドロとした情念までもが、われわれに返り血になって降りかかってきたのだ。

…(略)… 「日韓同祖論」などという及び腰の、ニコニコして親切の押し売りみたいなかたちの、世界の中の自分の姿が客観的に見えていない当時の植民地支配と、世界政治の中でいま新しい何かが起こっているがゆえにかような攻撃をにわかに韓国から受けているのだという政治的動機が見えないで、びくびくと謝罪の言葉を繰り返す気質とは、まったく同質のものなのではないだろうか。

人の良さというか、外交的気質の欠如というか、あるいは異民族との接触の度合いの少ないナイーブさというか、もちろんなんと呼んでもよいが、私はそのことがたまらなく恥ずかしい。

彼ら西洋人の冷酷無比な、しかも合理的な、それでいて異民族に恩恵を与えているとでもいうようなスタイルをとり、さらに文明のオブラートでじょうずに包み隠して、あたかも上位文明を与えてやっているんだから、かかる措置は当然であると言わんばかりの対応をして、利益を収奪しながら恬として恥じないスタイルを少しは見習ったらどうか。

こういうものを身につけていなかったわが国の過去と、おそらく財政的に持ち出しのほうが必ず多かったに違いない事態に対しながら、なお何かというと朝鮮に対しては謝罪外交を繰り返す行為とは、表裏一体をなすものではないだろうか。

何において同じかというと、外交感覚の欠如と愚かなナイーブさ、現実認識力の欠如という点において、共通すると言っているのである。



日韓局長会談 外相会談を模索、米国にせかされ



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2014/02/19 [04:28]

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