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言葉を失った民族は滅びる


学校では教えてくれない日本語の秘密学校では教えてくれない日本語の秘密
(2005/07)
土屋 秀宇

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「漢字を廃止してローマ字に」とか戦後日本語が解体されかかったことは知っておりました。しかしこの本を読んで、それは「戦後」に限らず、明治時代から既にあったことを時系列で知って驚きでした。日本語が、現在に至るまでこんなに迫害され続けていただなんて…。 たまたま幸運にしいて私たちは今でも漢字・平仮名・片仮名を使っておりますが、これでは、漢字を廃止してしまった南北朝鮮を哂えません。

ここに、当時の日本人が「我が国に過去の歴史はない。これから新しい歴史を作るのだ」とか言って、外国人が驚いた、という記録があります。上記の「日本語の秘密」はそれぞれの主張が本全体を通じて時系列で追跡されていますので、「読んで」としか言いようがないのですが、例えば明治時代の「ローマ字派の主張」と「かな派の主張」…。

● ローマ字派

① 漢字は中国のもので日本固有のものではない。だからローマ字にしても構わない。
② ローマ字はほとんど世界文字と言ってもよい。
③ わずか26文字であらゆる語を書ける。
④ 外国のタイプライターをそのまま使える。
                                      
● かな派
 
① 日本語に最適な表音文字は仮名である。
② 仮名は50文字でローマ字は26文字だ、この差はさしたる学習の負担にはならない。
③ 同じ言葉を書くのにローマ字の方が多くの文字を要する。



戦前までの大きな改革は「民」の力により阻止されてきましたが、戦後はGHQの圧力、戦前からの表音派が多数を占める国語審議会の存在、そして敗戦の混乱で、その図式は大きく変わりました。(P76)

文部省による実験

昭和23年~26年 小学校の授業をすべてローマ字でやる(実際にはローマ字の教科書が間に合わず、国語、算数など一部教科で行われた) 各年度、実験校が選ばれ100学級ほどで実施

戦後まず、文部省国語審議会は、嘱託でありながら強い影響力を持つ保科孝一の働きで、「発音に基づいて書く日本語」を主張する表音派が主流を占めています。新聞社は漢字を全廃、もしくは大幅に削減できれば印刷コスト削減につながり、しかも仮名だらけのルビなしの新聞ならば読める人も増え、売り上げを伸ばすことができると計算しています。GHQは日本のあらゆる部分で急速な社会改革を推し進めています。
もっとも、GHQ(もしくは米国)は「能率化」「国際化」、そして「民主主義」を常套句として好んで使います。何が起きてもそれはGHQ主導ではなく、「民」が望むものというわけです。間もなく、彼らの言うところの「民主主義」の下に、新たな日本語が生まれます。「現代かなづかい」、そして「当用漢字」です。

…「当用漢字」の意味は…「当面は使用するけど、いずれはこれら1850字の漢字も廃止しよう」…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、紆余曲折が今日まで続くわけでありますが …何でこんなに迫害されているの?日本語って?


「日本企業をやめて世界企業になる」社内公用語を英語にする楽天の国際戦略

今、楽天に限らず、日本企業に「英語の社内公用語化」という波が押し寄せているそうで…。 楽天の社員食堂には「Egg and Mentaiko Bukkake Udon」というようなメニューが張り出されているそうな…。アホだ…!
だいたい本気で英語能力を採用基準にしちゃったら、在日インド人とか支那人とか外国人にばかりが採用されちゃって日本人若者仕事奪われちゃうんじゃないの?


平成19年度の文科省調査では、何らかの形で英語教育に取り組んでいるという公立小学校は97%にものぼった


「英語を学ぶ大学」ではなく「英語で学ぶ大学」が増える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まずまず、日本人が英語(外国語)が苦手なのは、その「対立(論争)嫌い」な国民性にあると思います。で、2番目は、ズバリ「植民地にされなかった」ということ(占領支配はされましたけどね(爆!))。あの時もしGHQが強権でもって英語にしていたら今頃日本人はさぞや「英語が得意」だったことでしょう…(残念)

明治時代の日本人は私たちよりずっと英語が上手だったといいます。日本語がなくて西洋から入ってきた言葉をそのまま使っていましたから。それを苦労して日本語に翻訳し定着させた…あ~、当時の人間がそんな面倒なことやらなければ今頃日本人はこんなに「英語で苦労」することもなかったでしょう…ああ、日露戦争に負けて、それじゃロシア語だから何だけど、インドみたく英国あたりの植民地になっていればよかったのですよ。そしたら今頃「英語なんてペラペラ」だわよ。高い金払って英語教室に通う必要もないし…不良外人教師にもデカイ顔はさせないワ! だいたい日本国内において「英語必要なし」というこの環境がいけない!

米国人にとってもっとも難しい外国語に「アラブ語」「日本語」などがあるようですが、それは文法そして思考体系がまったく異なるからでしょう。仏語英語も違うしフランス人にとっても英語は難しい(逆も然り)ようですが、私たち第三者から見れば「似たり寄ったり」に見えます。思考体系が似ているから。



さて、米国人にとって日本語が難しいということは、日本人にとって英語が難しいのは当たり前。…だいたい外国語を話せる米国人がどれだけいるんだ??? 英語が世界共通語として(エスペラント語代わり?)幅を利かせているからって、それだけの話じゃないですか? 「ロンドンでは乞食も英語を話す」というのがあったなぁ。

「英語で学ぶ大学」、国際教養大学のHPを見て泣けてきましたよ。国際教養はいいけどサ、何か勘違いしていない? 一応「日本研究」なんてのあったけど「日本史」を英語で学ぶのかな?「近現代史」は何勉強するんだろう、わざわざ英語で? 「韓国史」なんてのもあったぞ。…聞くのが怖い。

あのさ、「たかが言葉、されど言葉」で、「言葉=文化」なんですよ。その民族の「言葉」の背後にはその民族特有の文化・思想・哲学がある。「言葉」を失った民族は「滅びる」。日本人は虫の鳴き声などを左脳で聞く、と言うけれど、これは「日本人」だからではなくて、外国人でも「日本語」で育てばそうなると聞きました。「日本人」だから「日本語」を話すのではなくて、「日本語」を話すから「日本人」になるのです。




大規模抗議の原因は、中共当局のチベット語抹殺プログラムだそうです。植民地政府である青海省は9月下旬、チベット語・英語以外の全教科での北京語授業を義務付け、教科書も北京語に変える方針を打ち出し、それに対して高校生たちが「我々は、チベット語を使う自由を取り戻したい」と抗議デモをしているのです。自分たちの民族の言葉を使いたい、と叫んでいるのです。

アフリカでは現地語がありますが、文字がなかったために「村の老人がひとり亡くなると図書館一つの喪失に値する」と言われます。私は、白人の植民地支配をアフリカ人の記録で読んでみたいですよ、そんなのありませんけど。高等教育となると宗主国の英語や仏語になる。支配層は英語や仏語を話す。日本だって支那大陸から漢字が入ってきた時支配層がそのまま漢語を使い、庶民は日本語を使っていたら完全に支配層と被支配層が二極化していたでしょうね。ご先祖様にどれだけ感謝してもし足りない。

20代の若者の4割「日本を脱出して海外で働きたい」

↑ ま、いいんじゃないの? どれだけ自分が通用するのか思い知れば。 で、ダメだったら帰れる祖国があるっていいですよね? そのうち帰るべき祖国がなくなっちゃうかもしれないのに…。日本人は、私も含めて、祖国がなくなるなんて夢にも考えたことないでしょ?

ある人に「日本が大変だ、マスコミは異常だ」って説明したら、「マスコミがおかしいのも分かるよ、だけど、私、関心ない」って言われた。 おいおい、国がなくなったら目の前の仕事だって危ないんだよ???

私、日本へ帰ると、友人とかによく言われます。「もう仏語話せるようになったでしょ?」って。で、逆に質問する。「どのレベルをもって『話せる』と言うの?」って。 まず相手は黙ります。

海外で現地人と対等に仕事している優秀な日本人はもちろんいます。でも、思うけど、大部分は日本がらみ、日本企業がらみ、じゃなければ単純作業とか…ゲージュツカは別にして。 今は現地だってどこも不況で、そこの若者に仕事がないのにどうして言葉もまともに話せない外国人を雇うんです? パリだって昔はともかく、今はこちらで生まれ育ったハーフ、それこそバイリンガル世代が成人しているんですよ。 就職の競争相手は彼ら。 不況で撤退する日本企業も少なくないみたいですし…。 

今の日本人に支那人みたくタコ部屋で低賃金でもメチャクチャ働くゴキブリのような(笑)バイタリティー、あります?

まずね、日本語を大切にしてほしい。 小学生から「ハロー」というためだけに週一時間英語をやるんだったら、その時間日本の昔話でも読み聞かせた方がずっとためになる。 思考は、「言葉」で考える。「言葉」を知らなければ考えることもできない。

世界中に言語はたくさんあるけれど、一つの言語ですべてを賄えるのは英語仏語独語日本語など非常に少ない。 その貴重は言語を自ら蔑ろにするだなんて…。 そんな○○、日本人以外にどこにいる

フランスでもブルターニュ地方のブルトン語とか有名ですが、フランスに統一される前からの(だと思う)地方語がある。で、ここの地方はオキシタン語。 で、「多文化共生」だか何だか知りませんが、最近は学校で少し勉強するのですね。 で、先日トゥールーズ行って地下鉄乗っていたら駅名を仏語ともうひとつの言語でアナウンスしている。「何? スペイン語?」って聞いたら、オキシタン語らしい。 最近そうなったそうで…。 「言葉」ってそれほど大切なんですね、このこだわり方


縄文時代からずっと一貫して続いている我が日本語。 もちろん単語は変化していますが文法自体は大して変化していない。 …そんな古代語でありながら同時に現在の最先端の単語をもカバーする日本語…この『奇跡』を少しは感じてほしいです。

「チベット語を使う自由を」 …こう叫ばなければいけない悲劇をちょっとは想像してみてほしいです。
                  
                  

【おまけ】「旧かなづかひ」に戻そう、という運動ありますよね? あれ、「そんなの今更無理だよ」と思っていたのですが、戦後でもこんなに文部省がコロコロ変えているのだったら(ローマ字授業だって本当にあったのですね!!!)、やる気になればできるんじゃないか?と思えてきました。 だいたい戦前の人は戦後「かなづかひ」とか変わっちゃって、でもちゃんと対応できているのですから、後は「やる気」だけですね。
私は、旧かなづかひ、使いこなせないけど、結構好きなんですよね…

台湾人は戦後いきなり「日本語禁止北京語使用」になってえらい苦労したらしいけど、それでもやってこれたんだから…。現代語から旧かなづかひ? 何のこれしき。






                                    





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(非公開コメント受付中)

「世界のために日本語を普及すべし」ぐらいは言ってもいいと思う
はじめまして

確かに
言葉=文化
であることは間違いないと思います。

私個人、何かの縁で理工系を選考しておりましたが、洋書(原書)を見る機会があります。そして実は、その邦訳もあったりするわけです。
たしかに、訳が不自然だなどの細かい問題はあるにせよ、他国語とは遥かに優れていることは、
”日本語の情報圧縮能力”
です。

つまり、凡そ原書の2/3~3/4ページで翻訳されているということです。それを実現している大きな要因は、名詞の漢字化です。
さらに、圧縮されたからといって、読みにくいということは無く、漢字が名詞である事がすぐに分かり、文の構造が把握できる。また、漢字自体意味を持ち且つ、漢字同士の見分けも容易につきます。

さらに、漢字でも吸収しきれないときにも、カタカナによる表現もあるため(尤も商業的に安易に用いていますが)、日本語の骨格を変えずに、新たな概念を名詞化できます。

この事実は、情報が圧縮されているのに、伝達速度にはほとんど支障がないため、日本語は国際的な競争に対し、大きなアドバンテージであるということを示しています。

まあ、楽天やファーストリテイリング(ユニクロ)社内での公用語が英語だということで、国際化ぶっていますが、愚かなことです。


No title
Sura様 こんにちは。

>”日本語の情報圧縮能力”

これ、実感です。 私の読むのはマンガで…すみません、ミーハーでかv-401…「どうやって翻訳されているのかな?」と興味本位で買って、日本語オリジナル版と仏語翻訳版を比較したりするのですが…。 文字数が全然違う。 仏語だとふきだしから文字が溢れ出ちゃう勢いでして。 日本語だと漢字で圧縮されちゃう単語が、ズラ~とえらく長い単語、それも一単語で収まらなかったりするし、まあ、フランス人にはそれが普通なんでしょうが、日本人の私から見るとどの文章もとても説明的で長い。「ここまで説明しなければわからないものなのだろうか?」と不思議です。

逆に言うと、私の説明は、口で説明する時も、日本文を仏文に翻訳するときも「言葉が足りない」としょっちゅう言われる(苦笑) 「それじゃ普通のフランス人には何言っているんだから分からないよ」と。
私は「しつこ過ぎる」と感じ、彼は「足りない」と感じる…で、喧嘩になる…(笑)



No title
↑ あ、彼って私の夫です、ハイ。


同感です
電車の中で外国人(主に白人)が分厚い小説らしきものを読んでいるのを何度か見て、「外国の小説は長編が多いんだなぁ」と思っていました。
そして外国小説の翻訳物を何冊も読んでも決して長編ということもないこと気付きました。
で、どなたかの書籍で日本語の情報密度の能力と、同じものを英語などで表した際の文章の長さなどを知り、「ああ、だから外国の小説は妙にぶ厚いのか」と非常に納得したことがあります。

その後日本語に関する本などを読むにつけ、自国の言葉ながら非常に「良い」ものだと感じます。
どこぞの国のように他国に押し付けようとは思いませんが、日本人は日本語をしっかり勉強することが大事だと思いますね。


拍手に書いたのですが・・もう少し詳しく
丸まる子さま、お久しぶりです。

大変すっきり纏められたエントリ、楽しく読みました☆
文字のない民族は衰退し、文化は滅びていきます。
それは、世界の歴史が証明していることですよね?

私のように、縄文時代からの日本固有文字と取り組んでいますと、
日本独自の文化、哲学が、しっかりと把握でき、
それが漢字導入とともにどう変わり、咀嚼されて、カナ、ひらがなとなり、
それらすべての特徴を活かして、現代日本語となっているのが見えてきます。
そして、その「咀嚼する力」「活かす力」が、日本本来の力なのですね・・・

まる子さんがお書きの、旧仮名遣いにしても、
大きく(縄文時代、弥生時代)上代、
江戸時代、明治以降と変わっていますので、
その変換そのものも財産として考えることが必要と思います。
つまり、あてはまる時代のフミ・文章は、
その時代の仮名遣いを尊重するということでしょうか。
現代には、現代の語感や言葉の事情がありますので、
そのままの「旧仮名遣ひ」復活は難しいかも知れません。
しかし、そういう文を沢山読むと、その良さが判りますね?
それがそのまま、その人の日本語への教養ともなるのではないでしょうか。



語学教育に戻りますと、
まず、本来の日本語を小さい時からしっかり身につけ、
いろいろな時代の日本語を勉強すること。
また、世界に冠たる我が長い歴史や、その文化を身につけることが大切。
本当に語るべきものがある時は、外国の人たちも、聞こうとしてくれますし、
語学が不充分でもコミュニケーションが取れるものです。

言葉が達者でも、祖国の文化について判っていない人は、
結局、他国の文化についても理解することが出来ません。
また借りものの考えではなく、
自分から出てきた独自の意見でないと、
他国の方に興味を持っては頂けないと思います。



まる子さまのフランス事情も、
昔、楽しく勉強しましたので、よく判って面白いです。
フランスは理の国ですから、精密に言い尽くすことが文化なのですね・・・
その結果の、まるで論理の結晶のような、
明解な美しさが特徴かと思われます。

それに対して、日本語は「言い尽くさない」ことが文化です。
行間で省略された言葉を読み取る能力が、なにより大事ですし、
それを言葉としてではなく、ある情緒として味わい楽しみますよね。
「春はあけぼの」
と読む時、それで何なの?どうしたの?と思うのが、
例えば一般のフランス人かと思います。
でも、日本人は、この一句だけで、
春のおぼろの明けゆく空の美しさ、
空気の湿り気や香りまでも感じ取るわけで・・・


我が国の現存する最初の国書(固有文字で書かれている)を調べますと、
皆が常識として知っていることは省略するという原則がありました。
ですから、文字で書かれていなくても、そこを読み取らなくては、
本当の意味は判らないのですね・・・(汗)

後世の「春はあけぼの」の語句の、
日本独特の情感・情緒の底には、
春の初日(1月1日)の夜明け、「ホノホノ」と昇る太陽のように、
やっと誕生された「ヒツキミコ」古代の皇太子・・・の、
目出度くも喜ばしい由来が秘められているなどと、
私などは連想してしまいます。


文章以外では、
視覚的な芸術である絵画・書などでも、それが現れ、
「余白の美」ということに。
また、水墨の黒一色の中に、書かれた物の色を感じ取ることも、
日本人ならではと、私は思うのですが、いかがでしょうか。


No title
まる子様、

>当時の日本人が「我が国に過去の歴史はない。これから新しい歴史を作るのだ」

という台詞は「白人と闘うための近代日本史」(これも名著です。欧米に住む人には特に)という本で読み、唖然とした記憶があります。
それは明治初期の話で、てっきり明治の人間は(武士の時代の流れを受け継ぐ)気骨のある人間だと思っていたからです。

私は、最近日本語の難解さは良くも悪くも日本を守る障壁(バリア)になっていると思うのです。海外に行く日本人には、難解な外国語を学ばねば行けません。あっさり人材が流出するのを防いでいます。そして、日本に来る外国人は恐ろしく難解
な日本語を勉強しなければなりません。それだけ、日本に対する興味と覚悟がなければできません。日本語がフィルターの役割をしており、有象無象が大量に入ってくるのを防いでいるわけです。

日本語の情報圧縮力というのは清水馨八郎著の「日本文明の真価」という本にもありました。日本語の「本(1文字)」も英語なら「BOOK(4文字)」、「山(1文字)」も「MOUNTAIN(7文字)」等々、このおかげで日本人は欧米人よりも本を早く読めるというのを知りました。それで、日本の本は同じ情報量でも本が薄くて済むのでしょう(紙・森林資源の節約?)。

私はフランス語を勉強したことがなくフランス語というとHを発音しないということしか知りませんが、以前、非フランス語圏のヨーロッパ人が
活字のフランス語には発音しない字が多すぎて
「フランス語は紙の無駄だ!」
というのを聞いて笑ったことがあります。
これ本当なのでしょうか?


ご返事、有難うございます
まる子様
ご返事、有難うございます

同感していただき、調子に乗って、さらにコメントします。

>逆に言うと、私の説明は、口で説明する時も、日本文を仏文に翻訳するときも「言葉が足りない」としょっちゅう言われる(苦笑) 「それじゃ普通のフランス人には何言っているんだから分からないよ」と。

この捕らえ方の違い、確かに文化的な差異が生んだのかもしれませんが、違った側面で考えてみました。

唐突ですが、
”走る”と”run”
を調べてみました。
URL:
ttp://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E8%B5%B0%E3%82%8B&dtype=0(走る)
ttp://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=run&dtype=1
(run)

”走る”の意味についてですが、13項目ほどの意味がありました。
しかし、人間や動物が動くという意味と、乗り物などの非生物が移動する以外の意味としてはあまり使わず、別の言い方ができ、事実上、速く動くという意味が主でした。

一方、”run”については、6章(Chapter)もあり、1章の中にも11項目ありました。

この例から、動詞1語に対する日本語と英語の比較では、異なる意味が重複している度合いが英語のほうが多いことになります。

つまり、言葉の構造からして、ヨーロッパ言語圏では、しつこく説明しないと誤解される、それが故に喧嘩になる(ホントは仲が良いのでしょう)と思いました。

さらに飛躍ですが、英語が使えれば10億人とコミュニケーションができる、と何処かの語学学校の宣伝文句がありましたが、上記の理由から、人種や文化の違いはおろか、分野(文系や理系など)の違いでも、なかなか意思疎通は難しいのかなと思われます。

何れにせよ、国文学者などをはじめとする教育者が、もっと日本語の良さを伝えるべきと思います。不思議と、日本語を勧める有識者は数学者藤原正彦や、キメラ様が引用された理学博士の清水馨八郎ですので、理数系の人が多い。

キメラ様
>清水馨八郎著の「日本文明の真価」
勉強になりました。

以上、失礼しました。


No title
皆様、コメントありがとうございます。

>マグカップ様

だからこちらの本は分厚いのですね。今はポケットサイズありますけど、それでも日本の文庫サイズまで小さくなっていません。日本の場合江戸時代に既に文庫サイズがあったそうですから。

>びーちぇ様 お久しぶりです。

>本当に語るべきものがある時は、外国の人たちも、聞こうとしてくれますし、 語学が不充分でもコミュニケーションが取れるものです。

私は若い人に言いたい。語学もいいけどまず「一芸を身につけよ」と。言葉の土俵で現地人と対等になるのは不可能です。でも武道でも茶道でも華道でもそういうのがひとつあるとそれだけで一目置かれる。
以前の日本の子供は、親の仕事の都合などで米国へ行き、そこの現地校へ通うようになった時、英語の授業はついていけなかったけど数学だけは「できちゃった」と聞いたことがあります。それが自信につながる。今はゆとり教育のおかげで「数学もダメ」らしいですが…。

>また、水墨の黒一色の中に、書かれた物の色を感じ取ることも、日本人ならではと、私は思うのですが、いかがでしょうか。

昔のことを思い出しました。笑い話として聞いてくださいね。私、高校生の時、ジャン・コクトーの白黒映画「恐るべき子供たち」について友人たちに話していたのです。で、その映画の中でバスタブの中で全裸でふざけあっているシーンがあるのです。それがそういう時代ですから、素っ裸になんかならずに、役者さんがフンドシ(?)をしていたわけ。それが可笑しくてそれをみんなに聞かせていたのですが…「それがサ~、赤いフンドシをしているわけよ!」と言ったら、すぐにツッコミが「何で白黒映画なのに『赤い』フンドシだって分かるのよ~!」って。大爆笑されて真っ赤になった記憶があります…白黒なのにその『色』を見ちゃったのは私が日本人だったから…?

>キメラ様

>「白人と闘うための近代日本史」

私も読んでいます。特に在外日本人は読んでおくべきだと思います。

>活字のフランス語には発音しない字が多すぎて

これ、本当です(爆)! その内フランス語の文法についてのエントリーあげますね。とてもコメントじゃ書ききれませんから。

これ、中世とか教会が書物などの『情報』を独占してましたでしょ? 当時は印刷機なんてないから『写本』で手書きで写しますよね。で、一字につきいくらって料金が計算されていた。で、写す方としては一字でも多い方が得だから、勝手に単語の文字多くしちゃったりしたんですって。「おいおいおい、本当か?」って感じですが、まさかそれが全てじゃないでしょうけど、そういうの結構あったらしいですよ。

>Sura様

>人種や文化の違いはおろか、分野(文系や理系など)の違いでも、なかなか意思疎通は難しいのかなと思われます。

「言葉」というものを突き詰めていけばいくほど、「真に理解しあえることなんて可能なのだろうか?」という気持ちになってきます。「言葉」が怖くなってくる。同じ日本人同士だって「言ったの言わないの」で揉めるわけですし(笑)、これが相手が外国人となると同じ「川」と言ったって、その場で会話は成り立っているでしょうが、実は自分の頭の中にある「川」のイメージと相手の頭の中にある「川」のイメージは全然違っていて、実は互いに全然違うことを考えているんじゃないか?…とか。「たかが言葉されど言葉」で、言葉は簡単そうで実はとても奥深く難しい。面白くもあり怖くもあります。



No title
まる子様、

盛り上がってますね。

塩野七生さんが自分の息子さんに、「英語をしゃべる猿」にならないように注意したという話を読んだことがあります。言語よりも理論的思考力の鍛錬、そしてその為には母国語による思考訓練が重要だとおっしゃっていたような気がします。

外資系企業にいると「英語猿」を良く見かけました。ペラペラしゃべっているけど中身が無い・・・

ロジックの組み立て、「Why?」に対して「Because」と答えられなければ相手にしてもらえませんからね。

>「真に理解しあえることなんて可能なのだろうか?」
日本語でしゃべっている同士でもそうですからね。文化的背景とかが異なればやっぱり難しい部分が出てくるのでしょうね。その意味では欧米の契約書が契約書の文中の言葉の定義を、やたらと明確化し、契約書そのものもやたらと長く、細かいというのはある種合理的なのかなと思ったりもしました。


大変興味深く拝見させていただきました。
はじめまして。
 実に興味深く拝見させていただきました。言語の問題は直接思考と結びついている面もあるというのは、確かに外国で暮らし、外国語で思考するようになって本当に実感しました。外国語では外国語の言い方しかなく、それを使用するしかないわけで、日本語に訳すと確かに別のニュアンスになってしまうと思ったことがよくあります。
 そして、外国にいると、日本という「国」のことも否応なしに考えさせられます。国があるからパスポートをもらうことができて、外国にいることができるわけですし、日本企業があるから、日本との貿易があるから、日本人の需要があり、生活基盤を設けることができるわけですから。
 如何にこれは自分の能力だと思っても、日本という国の影響力があるからこそ発揮できる場が設けられるわけで、これが名も知らぬ小国だったら、下手をすると相手にもされないわけですから。
 植民地のことを書かれておられましたが、アフリカ出身の方がフランス語で話をされているのを初めて見たとき、自分たちのことを話すのにフランス語を使わざるを得ないということに実に複雑な感情を抱いたことを思いました。
 また、寄らせていただきます。


No title
>腰抜け外務省様

塩野七生さん、相変わらず辛口ですね。 大好きです。

>凛様 初めまして。

>国があるからパスポートをもらうことができて、外国にいることができるわけですし~

そうなんですよね。 日本の国力、これを築いてくれた先人に感謝しなければいけない。 簡単なことなんですけど…分からない「大人」、多いですよね。


英語帝国主義
この言葉を創出したのはフランスでしたっけねぇ。
「コンバット」を見てみると、フランス人でちょっと学があると英語ができると言うのが珍しくないのに対して、アメリカ兵の方はフランス系の1人だけがフランス語ができると言った体たらくで、この辺の所は「英語帝国主義」が具現されている内容と見受けます。
歴史的にみれば、本来逆だったわけでしょう。いにしえからの大国であったフランスの言葉こそ、ヨーロッパで国際語として君臨していて、英語などはローカルな言語に過ぎなかったはずです。
それが、普仏戦争におけるフランスの敗北と、その後のアメリカの台頭によって英語の優位化が進行したわけでしょう。もし、普仏戦争の結果が逆だったならば、いまだドイツの統一が不十分な状態で、ドイツ語が今ほど優位になったとは言えず、また、第一次世界大戦も成り立たなかったでしょうから、フランスの没落もアメリカの台頭もそれほど大したこととはなりえず、そうであれば、英語とフランス語の関係もかなり拮抗した物となっていたのではないでしょうか。


No title
DUCE様 こんにちは。

つい最近、ニュースで、アフリカのどこぞの国(当然もと仏植民地)が、「これからは高等教育は英語でやる」と方針を変えたと言っていました。


正仮名遣いにもどすべき
保田與重郎の本から。
「我が国語の表現は論理が正しいだけでは十分でない。~我が国語に於いては論理の正しさは根底又は初歩であるが、その上に立つて、さらに生きたもの、想像の力を、自らにあふれる如くに現はそうとする」

60年前まで我々は、千年前の人のかいたものを正しく読めていたことを思うと、新かなになることで歴史から切り離されるようで非常に残念です。しかし今からでも戻せると信じます。長い歴史の中のたった60年です。是非文学者から正仮名遣いに恢復して欲しいです。


No title
ss様

>60年前まで我々は、千年前の人のかいたものを正しく読めていたことを思うと

これは奇跡ですよね。 60年、長い我が国の歴史の中のほんの一時…正仮名遣いに戻す運動、応援しますよ。

もっとも現実は、出版界でも昔の著者の作品も現代仮名遣いに勝手に直しちゃっていますからねぇ…砂を噛む思いです。


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