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(旧)地球の反対側で愛をつぶやく

日本の古代を矮小化することなかれ

平安神宮へ行った。映画などでは見ていたが実際に行ったのは初めて。あれは明治に復元されたもので、もと内裏で、古代のそれはもっとずっと大きかったそうで。

奈良の東大寺も本来はもっとずっと大きかったし、出雲大社もそう。宇治の平等院も現在残っているのもは当時のほんの一部。藤原京が、実は想像以上に大きかったことが最近分かってきたし。

もしかして古代日本って、ものすごいスケールだったのかも。何となく、歴史は「現代」が先端で、科学技術やら何やら、すべてにおいて一番優れているような感覚でいたのだが、本当は古代の方が凄かったのかも。当時一般人はまだ藁ぶき掘立小屋に住んでいたわけで、薬師寺を初め、あんな巨大な建築物、それも朱色の、がどんどん建立されていくのを目の当たりにしてきっと目を丸くしていたに違いない。

平城京跡へ行った。復元された朱雀門があるとこ。あれだって一部。遣唐使が乗っていったという当時の船が復元されて野外に展示されていた。当時の恰好をしたガイドのおじさんが説明してくれた。

船を見ながら、「彼らはこんなご飯を食べていて」と説明してくれていたが、「こういうご飯を食べられたのは、あそこ(船の、貴人が乗る部屋)に乗っていた貴族や僧侶だけで、漕ぎ手などはこういう食事(比較して大したことない粗末な食事)をしてたんですよ」と。私は一瞬「はぁ?」となり、「何が言いたいんだ?このおじさん」 …そこには私に「不平等で酷いですね」と言ってほしいようなニュアンスが。「ここに100人以上の人が乗ってて、ほとんどは漕ぎ手で…云々」。そして「最近分かったのですけど、遣唐使、最初は朝貢だったのですね」とも。私は「命がけの航海だったんですね」としか応じなかったが。まさかこの方たち、大勢来ている小学生たちにこういう説明をしているのだろうか?

屋内では、ビデオが流されていた。「国家のために…」と映像で説明されていた。で、私の後方に座っていたおばさん二人の声が耳に入る。「やっぱ国のためだったのね~」と。そこに何となく否定的なニュアンスを感じてしまうのは私のせいなのか?国のためで何が悪い。

当時、大陸には巨大帝国「隋」や「唐」が出来ており、日本としては、必死で対等にならなければならず、そのために天皇を中心とした中央集権国家建設が最優先課題であり…遣唐使に「朝貢」などという意識はなかっただろう。かの国を学ぶ、とともに、素晴らしい我が国を見せる、という誇り、矜持、自信 …日本をりっぱな国にしてみせる…胸にあったのはそういう篤き思いだっただろう。半島人の三跪九叩頭の礼じゃあるまいし。あのおじさんたち、彼らのおかげで今の私たちがあること知っているのかね?考えたこともないんだろう。

知れば知るほど、自分が日本人だからというのではなく、客観的に見て、この国は凄いと思う。スケールが大きすぎて、納まりきれない。源となる縄文時代、縄文人がまた凄いのだが。我が国の古代を、戦後の自虐史観頭で矮小化することなかれ。(自分の国の凄さを教えてもらえない我が国の子供たちは可哀想だ)



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2018/06/08 [06:25]

コメント

[ Title ] : ぶーんアンテナ

突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているさくらといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^

  1. 2018/06/08 [06:30]
  2. さくら #-

[ Title ] :

この遣唐使、私たちは送ってたことしか習ってませんけど、実際はアチラさんから日本へと日本の遣唐使を上回る数が来てたそうです。そして日本の方が自国より良いということで、日本へ残る人も多かったとか。日本の方がスゴかったんじゃん。ってお話しです。

  1. 2018/06/11 [18:19]
  2. ひょっとしてひょっとこ #-

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