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まるこのおぼえがき

(旧)地球の反対側で愛をつぶやく

武人国家

観光地に行くと、サムライの恰好ができるようになっていたり、サムライの扮装をした人と一緒に写真がとれたりする。

サムライは外国人にも人気が高いし、日本人もカッコイイと誇りに思っているのだろう。

しかしサムライとは何なのか? 一言で言えば、武人である。軍人である。現代で言えば自衛隊員である。

日本は、一見「平和」だった平安貴族世界の中から、必要に迫られて、武人が生まれてきた。古代の白村江の戦の時代はまだ天皇自ら「武」もなされていたが、時代とともにそれもなくなる。そんな平和ぼけした我が国を守ってきたのは武士たちであった。元寇時、もし武士たちがいなかったら、と想像するとぞっとする。侵略の先兵、宣教師ザビエル達がやってきたのは戦国時代。当時、日本は日本刀などの武器輸出国でもあった。

江戸時代は、サムライ、要は武人が為政者官僚、今時の政治家国家公務員であった。明治維新を成し遂げ、日清・日露と戦い、日本を守ってきたのも、江戸の教育を受け、幕末の内戦を実戦として戦ってきた武士たちである。そこにサムライという名はもうなくなってはいたが。各人を見れば武士の末裔である。

他国の軍隊とは違い、日本の武人は教養深く、誇り高く、天皇のオオミタカラである国民を守ってきたのである。

それが敗戦とともに、軍国主義と徹底的に否定され今に至るわけであるが。

江戸時代を今風に想像してみれば、自衛隊員が制服で街中を歩き、国民から尊敬され、彼らが政治をやり、官僚として働いているわけだ。ついでに言えば、もてはやされている忍者も、要は、CIAである。

サムライを認めるのであれば、自衛隊をも認めなければ矛盾する。

今時の日本人が、サムライをもてはやし、兜をかぶって写真をとったりしているのを見るのは、外国人がキモノを着ているのと同じようなコスプレ感が漂い、寂しい。この違和感は、地に足がついていないということなのか。

防衛はアメリカに守ってもらい、それを恥と思わず、いざという時はアメリカの若者に血を流させろといい、自衛隊の矛盾に満ちた存在には目をつぶり、自衛隊の現場の多大な負担は無視しながら、一方でサムライの鎧をつけて、カッコイイとポーズをとっているのだ。この状況に何も感じない精神とはどれだけ病んでいるのだろう。

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2018/05/03 [12:23]

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